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「W&I話題の18機種の特長はここ!!」(ゴルフクラシック12月号)/11P/ 「武田鉄矢/ぼくの開眼ストーリー」(スーパーゴルフダイジェストVol.7)/4P/ 「アサヒビールGDT」(週刊ゴルフダイジェスト10月23日号)/2P/ 「ウッドマン&アイアンマン」(週刊ゴルフダイジェスト10月30日号)/5P/ 「女性と会員権」(ザ・会員権)/20W×140L/ 「見よ!! この信念の人たちを」(GOLFコミック12月号)/4P/ 「アサヒビールGDTプロアマ戦」(週刊ゴルフダイジェスト10月30日号)/2P/ 「右手の使い方」(週刊ゴルフダイジェスト11月6日号)/7P/ 「ストップ・ザ100叩き/打つ前に頭を使え」(月刊パーゴルフ91年1月号)/13P/ 「読者質問箱(ルール)」(月刊パーゴルフ91年1月号)/2本/ 「上達ゲーム」(週刊ゴルフダイジェスト12月11日号)/7P/ ゴルフクラシックの「W&I話題の18機種──」はゴルフクラシック試打キャラバンで一般のゴルファーに試打してもらった9社のニューモデル18機種を紹介。機種の紹介のほか、もちろんのこと試打したゴルファーの感想も紹介した。 スーパーゴルフダイジェストの「武田鉄矢/ぼくの開眼ストーリー」はゴルフを始めて7年、平均スコア85というアベレージゴルファーよりちょっと上の腕前に達した武田鉄矢さんに、ここに至るまでの苦闘の歴史を語ってもらったもの。フォーク出身の人は語りの上手い人が多いが、この人も上手かったなあ。その上手さや雰囲気を文章で表すのは難しく、原稿を書き上げるのに時間がかかったように思う。取材したのは9月13日。原稿を渡したのが10月2日。もちろんこんなに時間がかかったわけじゃない。しかし余裕を持って取材していてよかったと思える仕事だった。さわりの部分を紹介しよう。 「ゴルフを始めて7年になりますけれども、それはそれは長い苦闘の歴史ですよ。修行時代は、といってもいまだに修業時代ですが、あのころは凄かったんじゃないかなあ。1日に200発は打ってましたもの。腱鞘炎にならなきゃダメだって言われて、腱鞘炎までなったもんね。大型トラック1台ぶんのボールを打ったら教えてあげるっていう人がいたんですよ。それで必死になってボールを打って、トラック1台ぶんは打ったんじゃないかなあ。で、仕事の合間に思い詰めて行くもんだから、着替えがなくて、帰りにシャツを買って着替えるわけです。もう、歩けないぐらい汗をかきますからね。3万円を超えていたはずですよ、毎日、ボールとシャツ代で。シャツ代だけで40〜50万円は買ったと思います。とにかく、シャツのたまり方がすごかったもの。当時は、ほぼ直角に曲がるようなスライスで大いに悩みました。全然使い物にならないというやつですよ。右肩が落ちて、上体が前にのめって。動いてはいけないっていう頭も落ちちゃってたし」 週刊ゴルフダイジェストの「ウッドマン&アイアンマン」は内容不明。しかしレイクランドCC(旧古賀志CC)で城村克身プロに取材したことは覚えている。クラブハウス内の個室で話を聞いた後、少し離れた練習場に場所を移して写真撮影を行った。城村プロはわれわれ取材者にとても気をつかってくれる人で、夏などには冷たいビールと食事を御馳走してくれるし、時間に余裕があるときには必ず「回っていきなよ」と、コースをプレーさせてくれた。遠い場所まで足を運んでくれてありがとう、という気持ちの表れだったのかもしれない。このような恩恵に浴した編集者はたくさんいたはずだ。 塚田くんが初めて城村プロに会ったのは入社1年目の1972年で、塚田くんが取材して原稿を書いていた月刊誌の連載『ゴルフ考現学』で研修生をとり上げるために立川国際CCを訪ねたときだった。このとき城村プロは研修生たちを指導する立場にいて、まだゴルフのことについてウブだった塚田くんに研修生とは何ぞやを親切かつ丁寧に教えてくれた。 スカッと爽やかな好青年という印象で、田舎出の塚田くんにとっては二枚目のマスクといい、均整のとれた立派な体躯といい、垢抜けた都会の人を感じさせる人だった。このとき以来、レッスンものの取材でちょくちょく城村プロにお世話になったものだが、この「ウッドマン&アイアンマン」の取材が最後の取材となってしまった。この後、城村プロは若くして亡くなったからだ。無念というほかない。 GOLFコミックの「見よ!! この信念の人たちを」は、コレクションに情熱を燃やしている3人の方に登場してもらい、その凄さを写真で紹介しつつ、モノを集める楽しさや苦労話を本文で紹介したもの。ティペグの収集家・和気正幸さん、ゴルフ関連書籍の収集家・大澤昭一郎さん、そして収集家ではないが全国のゴルフ場を打ち歩いている山下龍男さん。 和気さんは木製のティペグだけを集めていて、取材したときにはほぼ集めきった感があった。大澤さんはその道では有名な方で、塚田くんが週刊ゴルフダイジェストの編集部にいたときに、担当していた「我こそは日本一ゴルファー」に登場してもらって以来、ちょくちょく連絡をとっていた方。『GOLF』(目黒書店刊)があと2冊で完結、『GOLFING』(関西ゴルフ連盟発行)はあと4冊で完結すると話していたが、果たして完結したのだろうか。またノドから手が出るほど欲しいと話していた日本最初のゴルフ入門書『娯留夫図説』(頭本元貞著・大正7年刊)は手に入っただろうか。 山下さんはやはり塚田くんが「我こそは──」で紹介した方。全国のゴルフ場を片っ端からプレーし、プレーしたゴルフ場をひとつひとつリストから消していくことを長年行っていた。ゴルフダイジェスト社発行の『全国ゴルフ場ガイド』が出版されると毎年編集部の塚田くんを訪ねてきて、8掛けで購入していったものだ。山下さんにとってはゴルフ場ガイドが唯一のガイドブックだったのだ。GOLFコミックで取材したときは1670コースをプレーし終えていて、全コース制覇にあと一歩と迫っていたときだった。このように一つのことに執念を燃やしてやり遂げようという人は、もう出ないだろうねえ。 週刊ゴルフダイジェストの「上達ゲーム」は1色グラビアページを使った新連載の1回目。副題に<紀文式スウィングチャート>とあるように、桑名CCの水野紀文プロ指導のもとに上達のためのノウハウを紹介していこうというもの。水野プロの取材をもとに塚田くんがシナリオを書き、近藤洋助さんが絵を描いた。連載は1年。これを機に塚田くんは何度も桑名CCを訪れることになる。 |
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